【開催報告】ネイチャーポジティブは、次の社会の標準になる
東北大学NP拠点との共催プログラム第2回を開催しました
一般社団法人エコシステム社会機構(ESA)は、東北大学COI-NEXT「ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点」(以下、東北大学NP拠点)との共催で、会員向けNPプログラムを実施しています。
2026年9月7日、「ネイチャーポジティブは、次の社会の標準になる―GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMITに見る世界の潮流―」と題して、ネイチャーポジティブフォーラムを開催しました。講師には、7月に熊本で開催された「GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026(GNPS 2026)」の企画・運営を担った藤田香氏(東北大学グリーン未来創造機構/大学院生命科学研究科教授 兼 日経ESGフェロー)を迎えました。
全体を通してテーマとなったのは、ネイチャーポジティブ(NP)を、サーキュラーエコノミー(CE)、カーボンニュートラル(CN)と統合して捉える視点です。同日に開催したCEフォーラムの議論も踏まえ、世界の潮流を企業経営や地域での実践にどうつなぐか、東北大学NP拠点の小田切裕倫氏や会場参加者と考えました。
経営者が「本業」を語るテーマになったNP
GNPS 2026には国内外から2,725人が参加し、参加者アンケート回答者の6割以上を企業・金融機関が占めました。サミット運営事務局からは、協賛企業の社長や副社長、CXOの登壇を働きかけ、企業の意思決定を担う人たちを巻き込んだことが今回サミットの特徴だったといいます。
主催は国際自然保護連合(IUCN)日本委員会、企業活動や情報開示、目標設定にかかわる国際団体が加盟するネイチャーポジティブイニシアティブ(NPI)で構成されました。サミットの最後には「熊本宣言」が発表され、87の組織が公式に署名・賛同しました。また自然を測り評価する技術への関心も高まっており、併催の「NATURE TECH!」も熱気に包まれたと振り返りました。
潮流の変化を象徴する出来事として紹介されたのが、セブン&アイ・ホールディングスの伊藤順朗会長との対談です。企業が生物多様性を語る際、植林やマングローブの保全など、本業との関係が見えにくい活動が中心となる時代が長くありました。その中で、多数の商品を扱う企業の経営トップが、自ら「持続可能な調達」を語ったことに、藤田氏は意義を感じたといいます。
自然の保全は、社会と経済を支えるインフラ投資
なぜ、自然が経営の課題になるのでしょうか。企業は水や木材、食品原料を調達するだけでなく、森林の水源涵養や洪水の抑制といった自然の働きにも支えられています。海外からの調達を通じて、遠く離れた地域の森林や水にも依存しています。
自然が損なわれれば、半導体企業が必要な水を確保できない、食品企業の原材料が調達できない、災害で事業が止まるといったリスクにつながります。藤田氏は、自然災害による世界の保険損害額について、この10年ほどで倍増しているという報告があることを紹介しました。
こうした関係から、生物多様性の保全を「社会と経済を維持するためのインフラ投資」として捉える必要があると強調しました。
CE・CNとの統合から、事業機会を考える
NPが目指すのは、自然の損失を止め、回復に向かう流れへと転じることです。その実現には、生態系の保全・回復に加え、気候変動への対応と、生産・消費のあり方の転換が必要になります。藤田氏は、NP、CE、CNを組み合わせ、相乗効果を生み出す重要性を説明しました。
例えば、森林の適切な保全は、CO2の吸収と生物多様性の向上の両方につながり得ます。海洋プラスチックの問題でも、使用量の削減やリユース、リサイクルを進め、環境中への流出を抑えることが、海の生態系への負荷を減らすことにつながります。一方で、ある目的にとって良い取り組みが、別の目的には負荷となる場合(トレードオフ)もあり、自然や地域への影響を併せて考える必要があります。
事業機会についても、農林水産業だけでなく、建設、エネルギー、資源採取、化学・素材などに広がります。講演では、環境再生型農業を支える製品、環境に配慮した養殖の設備や餌、生分解性素材、高効率の建物、下水の再利用、自動車・家電・建物の資源循環などが挙げられました。CEに取り組む企業の技術や事業を、自然への負荷の削減という視点で捉え直すことも、新しい機会を探る入口になります。
日本の「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」も、自然への負荷を最小化し、貢献を最大化する経営を示しています。藤田氏は、NPへの対応をリスク対策のコストとしてだけ捉えず、CE・CNとの統合を通じて、企業価値と地域価値の向上につなげることが重要だと話しました。
自然との関係を測り、経営判断と資金につなぐ
企業の取り組みを後押しするのが、国際目標と情報開示の枠組みです。2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、2030年までの自然の損失の抑止と回復に向けた行動を掲げました。陸と海のそれぞれ30%以上の保全を目指す「30by30」や、企業の自然への依存・影響の評価と開示も盛り込まれています。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示提言では、自然への依存や影響が、企業のリスクや機会にどうつながるかを捉えます。自社の拠点だけでなく、調達先を含むバリューチェーン全体を見ること、自然が場所によって異なることを踏まえ、地域社会と対話することも重要になります。
藤田氏は、国内ではSSBJ基準(サステナビリティ基準委員会)に基づく情報開示が、2027年3月期から大規模な東証プライム上場企業を対象に段階的に適用される動きに言及しました。現行基準は、サステナビリティ情報全般と気候関連情報を扱います。自然関連情報については、国際的にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がTNFDを参照し、開示方法の具体化を進めています。藤田氏は、TNFDに基づく評価・開示が、今後の対応への準備になるという見方を示しました。
その基盤となるのが、自然の状態や取り組みの成果を測ることです。GNPS 2026でも「自然の状態指標(State of Nature Metrics)」が大きな話題になりました。自然の情報を観測・評価するネイチャーテックは、企業の判断を支えると同時に、その情報を基に資金を動かすネイチャーファイナンスにもつながります。
企業が取り組む4つのポイント
では、企業は何から始めればよいのでしょうか。藤田氏は、まず本業で生じる自然への負荷を減らすことを出発点に、保全・回復への貢献、データを活用した事業機会、開示と対話という4つのポイントを示しました。
1. 本業による自然の損失を減らす
原材料がどこから来るのかをたどり、調達基準の設定やサプライヤーとの対話を通じて負荷を減らします。調達資源や原産地の状態を調べ、不都合な情報も含めて開示し、調達先の見直しや成長事業への転換に結びつける事例が紹介されました。
2. 自然の保全・回復に貢献する
負荷の削減を土台に、自然共生サイトでの活動や森林・藻場の保全など、自然を回復させる取り組みへと広げます。地域と協力して藻場を維持し、CO2の吸収量を測ってクレジットにつなぐ事例では、漁業の維持や地域課題への対応も重視されていました。
3. 自然のデータを活用し、事業機会をつくる
自然の状態を測る技術や、収集したデータを企業の判断に使える形へと整理するサービスは、他社の取り組みを支える事業になります。水中ドローンなどによる環境情報の収集・活用も、その一例です。
4. 開示を通じて、関係者と対話する
取り組みや成果を投資家・金融機関に伝えるとともに、消費者や地域の人たちとも共有します。事業と自然の関係を明らかにし、関係者との対話を、調達や保全活動の改善、協力関係の構築につなげていきます。
負荷を減らし自然の回復に貢献する。その取り組みをデータで捉え開示と対話を通じて経営や資金の判断につなぐ。このように、4つのポイントは互いに関連しています。金融分野では、2025年から自然へのインパクトを捉えた新たなファイナンスを始める金融機関も出てきました。環境省も2026年9月1日に「ネイチャーファイナンス実践ガイドライン」を公表し、投融資判断に自然資本への考慮を組み込む動きを後押ししています。
富山県黒部川流域で、共通の「北極星」を描き実践につなげる
地域での実践として、藤田氏は、自身がかかわる黒部川流域のネイチャーポジティブ・プロジェクトを紹介しました。一組織の努力だけで流域全体をNPにすることはできません。企業、自治体、研究者などが集まり、地域が目指す将来像を、共通の「北極星」として描くことから始めたといいます。
このプロセスで活用したのが、東北大学NP拠点とアミタホールディングスが共同で公開した「地域のネイチャーポジティブ活動の手引き ―ランドスケープアプローチで導く自然の保全・回復と地域の価値創造 ―」です。自然の保全・回復と地域の価値創造をともに目指すための実践ガイドで、アミタの纐纈渉氏らと作成した手引きを基に黒部川流域における共通ビジョンをつくり、現在は統合的なネットワークづくりとランドスケープを踏まえた個々の活動へと落とし込んでいる段階です。
地域の方々と共に海でサンプル採水をして環境DNAを調べる活動も実施し、自然の状態を把握する調査を、地域参画と結びつけています。藤田氏は、企業にはバリューチェーン全体をグローバルに捉えることと、自社にとって重要な地域で関係者と取り組むローカルな活動の両方が必要だと説明しました。複雑なテーマである一方、多様な人や組織が集まり、一緒に実践できる面白さもあると話しました。
水への「依存」から、地域の価値を捉え直す
講演後のトークでは、自然への「依存」が話題になりました。藤田氏は、企業が自然に与える影響は公害への対応などを通じて調べられ管理されてきた一方、自然への依存は十分に意識されていないことがあると指摘しました。
その価値に関心を持ったきっかけの一つが、熊本での半導体工場の増設でした。水が豊富な地域で産業が拡大する中、事業を支える水の価値はどのように評価されているのかと考えたといいます。
藤田氏は、地下水涵養のために田んぼに水を張る活動に協力する農家から、協力活動に対して支払われる金額が20年前から変わっていないと聞いた経験を紹介しました。日本の国策として半導体産業への大規模な投資・補助が進む一方で、その基盤となる水や地域で水を支える人たちの働きにはどのような価値が認められているのか。この対比が、自然への依存を捉え直す問いにつながりました。
自然への依存は、資源の不足などが表面化する前には見えにくいものです。企業の立地による雇用や経済への期待と、自然への依存・影響をともに理解し両立する方法を考えることが大切だと述べました。
CE・NP・CNをつなぐ評価と対話へ
続いて、CEの実践で築いてきた地域との関係を、自然への依存を一緒に考える接点にできないかという視点も共有されました。
会場の参加者からは、資源循環の取り組みを、自然への負荷と合わせて評価する必要性が提起されました。リサイクルによって新たな資源の採取やエネルギー使用に伴う負荷を減らすことができても、循環させる過程で水の使用や排水など、別の場所に新たな負荷が生じる可能性があります。全体として負荷が減っていても、特定の場所だけを見ると、影響が増えたように見えることもあり得ます。
一部の地域や指標だけで判断すれば、改善を目指した取り組みを適切に評価できないかもしれません。場所によって異なる変化と、ライフサイクル・サプライチェーン全体を捉える統合的な評価の仕組みが必要なのでは、という問題提起です。
NP、CE、CNを統合して考えるには、それぞれの担当や分野を越えた対話が必要です。小田切氏は、コミュニケーションの機会や具体的な事例をつくり実践の最初の一歩につなげることに、ESAと東北大学NP拠点が一緒に取り組む意義があると述べました。今回のフォーラムは、世界の潮流を学びながら、企業と地域の現場で次に考えるべき課題を共有する場となりました。
ESAでは、東北大学NP拠点との共催プログラムを通じて、会員の皆さまと共に学びと対話を重ね、事業や地域での実践につなげていきます。